伝説のUWFと格闘技と極真と梶原一騎(1)

みなさんは読みましたか?

柳沢健「1984年のUWF」

面白かったです~。



柳沢健さんは、ほかにもプロレス関連の本を何冊も書いていますが、「1985年のクラッシュギャルズ」「1976年のアントニオ猪木」「1964年のジャイアント馬場」と、全部すごく面白いので、ご一読をおすすめします。

この本は前田日明のことをけっこうディスってて、前田が怒って、その後当時のUWF関係者のインタビューをまとめた「証言UWF」(巻頭は前田日明!)なんて本も出て。

UWFが無ければ今の日本の総合格闘技は無かったと思うので、プロレスと格闘技のミッシングリンクと言えると思います。

で、今回のプロレス雑誌「G-SPIRITS」では、「特集 スーパータイガー」。

待望の佐山へのインタビューが行われています。

私は空手や武道・格闘技だけでなく、プロレスも大好きです。


スポンサーリンク
スポンサーリンク




最強の解釈?


もちろん、格闘技とプロレスは別物です。

今どき、ゴッチャにして考えてる人はいませんが。

でも昔はプロレスも格闘技もゴッチャで語られてましたね。

いや、「語られてた」というより、そこまで区別してなかったし、やってる方もけっこうゴッチャに考えてましたよね。

猪木とか前田とか、旧UWF系の人は。

実際に戦っても、「本当にできる」と思っていたはずです。

そりゃ、プロレスはあらかじめ「結末」が決まっていますが、試合の最中はアドリブですし、スタン・ハンセンのウエスタン・ラリアットは、プロレスでもものすごく痛いでしょうし、ブルーザー・ブロディは格闘技経験無しだけど、ケンカすれば本当に強かっただろうし。

サンダー杉山、マサ斎藤、ジャンボ鶴田、長州、谷津は本当にオリンピックにも出ています。

坂口征二は柔道の全日本で優勝してますし、本当に強い人がプロレスやってたんです。

極真空手、全日本準優勝の小笠原和彦さんもプロレスのリングに上がり、橋本真也や長州力の強さに驚いていました。


でも「競技」としての「格闘技」をキチンとやった人ほど、「最強」とは言わないです。

厳密なルールが設定され、多くの人が汗を流して練習して、それでも勝者と敗者ができる。

競技人口が多くなればなるほど、勝負は紙一重。

時の運もあるでしょう。

そうすると、何を持って「最強」なのか、定義のハッキリしない論争には意味を見出さなくなるのです。

ハッキリ言って、「最強」は幻想です。


でも、その「最強」の二文字に、惹かれてしまうんですよね~。


VSプロレス


空手界でも「最強」の二文字に惹かれて、幻想の海原を漕ぎ出してしまった団体があります。

それが大山倍達率いる極真会館です。



大山倍達も、プロレスとはかなりの繋がりがあります。

極真会館の前身「大山道場」を開く前は、力道山と日本プロレスを興した柔道家の遠藤幸吉、日系プロレスラーのグレート・トーゴーとアメリカを廻ったった話は有名です。

その後の話では「全米でプロレスラーと戦い、全戦全勝」などと脚色されていましたが、大山倍達はプロレスラーとは戦っていないようです。

だって、プロレスラーは興行のリング上でガチで戦うことはありえませんし、大山倍達はプロレスできないですし。

アメリカには「アスレッチクショー」と呼ばれる、プロレス興行ではなく、いろいろな「肉体びっくり人間」を見せるショーがあり、そこでたまに「腕に自信のある素人を上げて戦う」というのがあるそうです。

大山倍達が戦ったとすれば、たぶんそれでしょう、と。

でも素人とはいえ、でかいアメリカ人ですから、実力が無ければ勤まらなかったでしょう。

有名なプロレスラーでも、ハリー・レイスやテリー・ゴディは、カーニバルレスラー出身と言われています。

ワールド大山空手の大山茂と泰彦兄弟にはその上にお兄さんがいて、長兄の大山博さんは力道山に弟子入りして日本プロレスに所属していました。

ジャイアント馬場やアントニオ猪木の兄弟子なんですね。

スポンサーリンク

UWFって?


UWFを語る前に、いろいろなプロレスと格闘技の関係性を知っておかなければなりません。

UWFの前に、プロレスと格闘技を繋げた人物。


言わずもがな、それは「梶原一騎」です。


「タイガーマスク」「巨人の星」「あしたのジョー」と大ヒット作を生み出した梶原は、大山倍達をモデルにした「空手バカ一代」原作を手がけ、極真会館へも大きな影響力を持つようになります。

一時は極真会館内部が「大山派」と「梶原派」に色分けされたほどです。

梶原は極真だけでなく、映画や格闘技興行の世界へも手を広げ、キックボクシング興行で黒崎健時と手を組むようになります。

今となっては極真の黒歴史になってしまった感のある「アントニオ猪木対ウイリー・ウイリアムス」は梶原が仕掛けた話ですし、マーシャルアーツのベニー・ユキーデの日本での初戦は、実は新日本プロレスのリングで行われたのです(相手はもちろんキックボクサー)。



少年サンデー誌上で、現実と並行してストーリーが展開されていた「プロレススーパースター列伝」のタイガーマスク編には、芦原英幸や添野義二といった、あまり関係のない極真関係者が登場してきます。

当時の幼気な少年には、どこまでが本当でどこまでがウソなのか、皆目見当がつかず、毎週想像力をたくましくさせられたものでした。


つづく

スポンサーリンク
スポンサーリンク




スポンサーリンク




  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

Time limit is exhausted. Please reload the CAPTCHA.