空手着の意味とは? 伝統派とフルコンの道着はどうやって進化した?

みなさんは空手を稽古するときには、何を着ているでしょうか?

当然、空手着だと思いますが、空手着って不合理だと思いませんか?

野球をするには野球に合ったユニフォームです。

スライディングなど、地面と接触する機会が多いスポーツですから、肌の露出は少なく、ソックスやズボンなどで特に下半身の保護されています。

サッカーにはサッカーに合ったユニフォーム。

走りっぱなしですから、汗の揮発性を優先した生地で作られ、足の動きを妨げないようにハイソックス、短パンです。

レスリング、ボクシングはより裸に近いユニフォームになり、アメフト、ホッケーなどは防具さえ付けるようになりました。

西洋のスポーツは、その競技をする上で合理的なユニフォームが開発され、進化しながら着用しています。

空手だって、今はもっと動きやすい服装があるのではないでしょうか?


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日本の武道の基本は和服


日本の武道はいささか異なり、現在でも昔の日本人の標準服である「和服」が基本になっています。

「道着」「胴着」「胴衣」とも書きますが、「胴着」「胴衣」とは、寒い季節に長着と襦袢(じゅばん)の間に着用する綿入りの和服の下着。

また、僧侶が日常の作業をする「作務衣」などが元になったと言われています。

不思議なことに、これは現在でもかたくなに守られていています。

現在、日常的に着物を来ている人はごくごく少数でしょうし、今の日本でも道着を着て稽古するのは合理的とは言えないでしょう。

剣道はフェンシングのように防具を付けますが、よく考えれば防具の下に着物を着る必要はしありませんよね。


柔道では相手を掴むので、生地が厚く丈夫になり、襟も厚く硬くなって現在の柔道着となりました。

この柔道着を元にして、空手着が生まれました。

従来、沖縄では空手をするときにも特に服装には拘っていなかったようです。

普通に「動きやすい服装」だったので、野良着、時には裸で稽古していたのでしょう。

古い沖縄空手の本では、空手着は着用しておらず、裸でデモンストレーションしている写真も散見されます。

現在の空手着は、1922年に船越義珍が柔道の創始者嘉納治五郎に招かれ、講道館で開かれた文部省主催第一回体育展覧会で演武をしました。そのときに柔道着を真似て稽古着を作り、柔道の帯を締めたことが始まりとされています。

それ以来、柔道着と同じような空手着で稽古するようになりました。

「空手をするのに空手着は当たり前。それが伝統なんだ」

と思っている方も多いと思いますが、意外と歴史は浅いのです。




道着の進化


こんなに「着るもの」にまでこだわるのは日本人ですが、少しづつ変化しています。

伝統派の道着はフルコンタクト空手と比べると、細身でズボンの裾が短く細くなっています。

空手着のもとの柔道着はもともと裾が短いですし、寸止めルールでは手先や足先の動きが見にくいと判定にも影響してきます。

対してフルコンタクト空手ではズボンの裾は太く長くなっています。

布一枚ですが、蹴りや突きを放つ、放たれた際にある程度の防具の役目も果たしますし、ズボンの裾が広い方が蹴った時の見た目も良くなります。逆に腕に引っかからないように上着の袖は短くなっています。

グローブ空手の選手などは、ノースリーブの道着さえ着ていますよね。

またサバキ系空手のように、流派によっては道着を掴んで良いもの、掴まなくても道着を利用したテクニックもあります。






空手着の意味


少しづつ変化はしていますが、なぜこんな不合理な道着を今でも着ているのか?

それは、いろいろな武道が武士道から発生した「日常の護身術」「いざという時の格闘術」の意味があるからだと考えます。

武道はスポーツではありません。

日常の延長に武士道はあり、武道はあるのです。

護身の時、いざという時に着替えている余裕はありません。

「ジーンズで動きにくいから、ちょっとタイム」と言われて、待ってくれる暴漢はいないでしょう。

危機は時と場所を選ばないのです。

今は着なくなってしまった和服をベースにはしていますが、武道はあえて不合理な道着を着用して稽古することにより、スポーツではない武道の意味、「日常の護身術」「いざという時の格闘術」を忘れないようにしているのです。

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結論


私は、

「空手をするときは空手着でなければいけない」

とは、全く思っていません。

中国拳法は決まった服装はありませんし、ジャージや作業着で稽古しています。

特にこれからの季節は稽古してても暑いですし、道着は分厚くて洗濯しても乾きにくいのです。。。


ただこれだけ、

「なぜ空手はスポーツではなく武道なのか」

この意味をわかっていれば、Tシャツ・短パンでも全然OKだと思います。

そこの指導者が許してくれれば、ですが。。。





柔術には「GI(衣)」と「NO GI」があり、どちらでも対応できるようにしています。

ブラジルは暑いですから、Tシャツ・短パンのほうが日常ですから。

また、今の小学校では、必ずいざという時の「着衣水泳」を教えるようになっています。

水泳パンツなのと、普段着で水の中に入るのでは、重さや抵抗で体の動かせる範囲が全然変わってきます。


このように「護身術」や「武道」だからこそ、いろいろなシチュエーションを想定して稽古することが大切になってくると思います。


空手の回し蹴りは膝を抱えて外から回しますが、テコンドーの蹴りは目標物に最短距離で早く蹴るようにします。

裸足やスニーカーでは空手の蹴りのほうが痛いですが、革靴やブーツのような重い靴を履いた時には、テコンドーの蹴りのほうが早くて痛いのです。


空手は「スポーツ」ではなく、「護身」「武道」です。

ちょっとした工夫や考え方の変化で、稽古することは無限に増えます。

道着一枚のことを考えただけで、話はずいぶん大きくなってしまいました。

大会での勝ち負けだけでなく、日常に落とし込んでの「空手」も、また楽しいのではないでしょうか。

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